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多様性について考えた
選択肢が多いのは幸せか? mand1です

2020年の東京オリンピック、パラリンピックの公式エンブレムが披露されましたね。審査があって、複数のものの中から選ばれた一点だとのことです。私はデザインの専門家ではありませんが、何か変です。ここにはこういう意味が、それにはそういう意味がといちいち説明できるようですが、全体としてデザインの力強さがまったく感じられません。決して懐古趣味ではないのですが、1964年のオリンピックの時のデザインのほうが遙かに優れていると思うのは私だけではないと思います。

自由と多様性を意識し過ぎるがあまり、もっともおかしなもの、もっとも人気のないものを選ばせてしまう圧力が働いてはいないでしょうか。昨今のテレビCMやドラマなど見ていても、かつて主流の座を占めていた美形は不在。私の眼から見ると、かなり厳しい感じの人がメインストリームに居ます。以前、ふと見かけた女性のヘア・スタイルカタログのモデルさんたちは、こんな言い方をしては失礼ですが、並、もしくは並以下の方々ばかりです。本当に多様性を尊重するのであれば、美形の人もその中に入れてあげてしかるべきです。こうしてみると多様性って、かつての女性解放運動のモーメントとよく似た、立場を反転させようとするだけの、革命暴力的な思想のような気がしてきます。これまでワゴンセールとして十把一絡げだったのが、それぞれに価値が与えられ棚が用意された。ただ、それだけでは気が済まず、かつて最上段の棚にいた奴を引きずり下ろせといった不寛容さと暴力性を感じずにはいられません。

良いものが素直に選ばれない時代。昔にくらべ世の中はずっと自由になったはずなのに、なんだか以前より不自由になっている気がします。不自由さが自由のコストだなんて、皮肉というか矛盾していますね。

[2015/07/24 21:13] | 日記 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top
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