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反発と抵抗だけで生きてるから、顔がゆがんできてますよ、mand1です

弊社が所在する浜名湖畔の建物に入居して間もない頃、廊下ですれ違う人の多くが挨拶はおろか会釈すらしないことに戸惑ったものです。目の前にいるのに、もしかしたらこの人に私は見えていないのではないかと疑ったほどです。今年の7月で入居5年目になります。相当年配の先生とおぼしき方も含め”会釈なし”は相変わらずですが、もう戸惑いはありません。”慣れた”のではなく、その理由、行動原理を私なりに理解したからです。

私はテルミンに関わって今年で20年になります。数え切れないほどいろんな人と出会い、共に何かを創りました。仕事ですからそれぞれの思惑があって、交錯し、時に衝突することもあります。うまく折り合いを付けられた場合と、そうならなかった場合がありました。たいへん大雑把ですが後者のケースにおいて、変わるとすればそれは相手や環境であり、己は変わることを望まない人が多かったですね。双方がそれぞれ少しずつ譲歩し、ペイし合わなければ、まず話はまとまりません。前出の会釈しない人も「会釈するのは貴方の方で、私ではない」と考える”変わらない・ペイしない人”だと思えば納得です。
仕事のみならず人間関係においても成功している人は皆、広義の意味合いにおいて”もらう”より”あげる”が多い人です。逆はありません。多く”あげる”人はみんなに好かれ引き立てられるので、結果的により多く”もらう”ことになっています。”変わらない”人は物質のみならず精神性においてもケチですから、”あげる・もらう”の釣り合いが常に”もらう”のほうに重く傾くことを望んでいます。でも先述しましたように、より多く”あげる”ほうが、より多く”もらう”ことになるのですから、”変わらない人”の振る舞いや選択は非合理であるといえます。”変わらない”人の中には微笑まない、敬わない(けど敬われたい)が多く見られますが、合理は荒ぶる勝ち気さの前に無力なのでしょうね。
[2013/03/07 00:20] | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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