その”芸術”をやめろ
朝から気分の悪い、mand1です

原子爆弾が投下された広島の空に飛行機を飛ばし、大空に飛行機雲で文字を書き社会問題となった芸術集団がいますね。デリカシーを欠いた売名行為、時代遅れの前衛気取りにうんざりした印象は、同種の”アート”に触れるたび、ひからびた前衛芸術の標本イメージとして、ウィットとともとれぬそのふざけた名前の印象とともに、私の心を暗く覆います。

1920年代や1970年代に繰り広げられた芸術の”祭り”を再び現代に起こそうとしているのでしょうか。時代と同調していなければただのから騒ぎでしょうに… 彼らの行為が不快なのは言うまでもありませんが、それを支持する人がいて、テルミンの関係で仕事をご一緒した尊敬するお方も含まれていたことへの失望も、彼らに対するネガティブな印象をより深めているのかもしれません。

彼らは自らの行為の目的について、民を”覚醒”させるためだとよく言いますね。20年代、70年代の芸術の”闘志”が掲げたテーゼを継承する最後の芸術家としての自負があるのかもしれませんが、これだけリベラルが広く浸透し、その臨終を迎えているかの現代において、彼らも含め芸術の”闘志”が啓蒙的に示した”リベラルへの覚醒”を今この時代に説くのは、戦う相手を失い、それでもやめることを許されないメーデーの印象と重なり、どこか哀しげです。現代におけるカウンター勢力を目指すならば、主流とするところに対し180°位相のずれた、リベラルを象徴とするところの反対に位置するべきでしょうに…

心から尊敬する偉大なアーティストの作品に、彼らが直接関係しましたね。大先生の発するげっぷにも価値の劣る身の程知らずのきゃつらの愚行に、鳥肌がたつほどの怒りを覚え、彼らの行為と彼らの存在を呪っています。

こういうタイプのアートはここそこに溢れかえっていて、これを”面白い”と言えないと芸術を解さない輩と烙印を押されるのでしょうね。以前にも書きましたが、こんなアートに囲まれて生きていかねばならないなら、私はアート無しで生きていくことを再び宣言します。しかしこれも自由の”コスト”なのでしょうか。厄介なものですね。
[2011/05/19 10:17] | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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