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コミュニケーション考
パントフート、mand1です

CDや車が売れなくなったとよく耳にしますが、消費の総量としてはあまり変わらず、情報通信に費やす割合が増したからではないかと推測しています。CDも車も単なる嗜好品としてだけでなくコミュニケーションのための間接的な手段だったと考えれば、より直接的な携帯電話やインターネットに関心が移るのも納得です。

人は一生のうちどれだけの人と分かり合える(分かり合えたと実感できる)のでしょうか? 動物と分かり合えるというとロマンチストと笑われそうですが、仲ののよい動物とならば互いにシンパシーを認め合えますよね。人種や言語の異なる外国人とでも友人関係を築くことができます。では同じ言語を用いる日本人同士ではどうでしょうか? もっともコミュニケーションを阻むハードルが低く、より深く分かり合えそうですが、現実はそうでないことが多くないですか?

猫や外国人とでは、種や言語、考え方の違いなどから、ある程度までしか分かり合えない諦めがありますが、社会的環境や嗜好が似る他者に対しては自己と同一であることを求めてしまいがちですね。大切な人だからこそ気に入らないことが気になってしまいますが、”分かり合い”に完全を求めず、ある程度の間合いを残しておくことが、互いを尊重し仲良しの状態を保つための作法かなと考えた次第です。
[2011/05/05 07:56] | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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